小田原城天守の摩利支天像

馬屋曲輪から見た銅門、常盤木門、天守(2019年1月27日)
馬屋曲輪から見た銅門、常盤木門、天守(2019年1月27日)
天守(2019年1月27日)
天守(2019年1月27日)

小田原城天守には江戸時代から猪に乗った摩利支天像が祀られています。摩利支天像を祀った部屋には普段は入ることができませんが、今年は亥年ということで1月から2月初頭にかけて特別にこの部屋に入ることができ、正面間近から摩利支天像を見ることができました。摩利支天像を祀る部屋の謂われは以下を御覧ください。
小田原城天守模型等調査報告会

摩利支天は古代インドの陽炎を神格化した女神・マリーチのことです。陽炎のように身を隠せ、他人から傷つけられることなくあらゆる対処ができるという霊験のため、日本では武芸の神となり武士に熱く信仰されました。小田原城の摩利支天像は高さ40センチほどでしょうか、あまり大きくはありません。平成の大改修前は天守型厨子の中に収められ、ガラスケースの中に入って最上階のおみやげコーナーの前にありました。数年前の小田原城天守平成の大改修で摩利支天像を祀っていた天守最上階の部屋が復元され、摩利支天像が収められました。江戸時代の様子が再現されたわけです。

天守に神仏を祀ることは珍しくありませんが小田原城のように薬師如来、弁財天、地蔵菩薩、摩利支天、如意輪観音、大日如来、阿弥陀如来と七尊もの神仏を祀る例は珍しいと思います。祀られている神仏にも脈絡がありません。これら七尊は廃城時の小田原城天守取り壊し後、天守近くの城山にある永久寺に移され、昭和の天守復興時に天守型厨子とともに摩利支天像のみ天守に里帰りしました。古い記録には小田原城天守八尊という言葉が出てくるのですが現存するのは七尊ということで、あと一尊がなんだったのか気になります。

摩利支天像を祀る部屋
摩利支天像を祀る部屋
摩利支天像その一
摩利支天像その一
摩利支天像その二
摩利支天像その二
摩利支天が乗る猪
摩利支天が乗る猪
摩利支天像とほか六尊の配置
摩利支天像とほか六尊の配置
天守型厨子
天守型厨子

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