上田市塔めぐり その2

安楽寺に引き続き今度は前山寺に向かいます。

前山寺は上田鉄道別所線、塩田町の駅から南にひたすら歩くこと約30分、距離にして約2.5キロメートルの位置にあります。多少の山登りもあるため結構疲れます。まあ歩いて行く人もあまりいないのでしょうが…

・前山寺三重塔
前山寺三重塔は室町時代初期に建てられました。高さ約20メートルで、屋根はこけら葺となっています。最大の特徴は2重目、3重目に扉も窓もなく、周りに廻縁がないことです。それもそのはず、実はこの三重塔は未完成と言われています。
しかし、未完成とは言いながら全体としてみると、不自然さは感じられず、安定と調和を保っています。
日本では昔から建物は完成した瞬間から老朽化が始まるとされており、あえて未完成とすることでいつまでも残ることを願ったのかもしれません。確か日光東照宮の陽明門も、柱を一本だけ逆に設置して未完成状態にしてあったような…

前山寺三重塔1
前山寺三重塔1
前山寺三重塔2
前山寺三重塔2
前山寺三重塔3
前山寺三重塔3
前山寺本堂
前山寺本堂

上田市塔めぐり その1

上田城登城(登城記はこちら)のため、色々と調べ物をしていると、実は長野県上田市は塔の宝庫だということがわかりました。上田市内には以下の塔があります。

・安楽寺八角三重塔(国宝)
・前山寺三重塔(重要文化財)
・信濃国分寺三重塔(重要文化財)

時間の都合上すべては回れませんでしたが、安楽寺八角三重塔と前山寺三重塔に行ってみました。

・安楽寺八角三重塔
安楽寺は上田電鉄別所線の終点、別所温泉駅から歩いて15分ほどのところにあります。
別所温泉は信州最古の温泉地で、鎌倉時代に北条氏が別院として使用していたため、その保護により大いに栄えました。
そのため、現在でも鎌倉時代の建物や石塔が数多く残り、「信州の鎌倉」と呼ばれています。

安楽寺に残る八角三重塔は、建立年代は明らかではありませんが、鎌倉時代末期というのが定説になっています。北条氏の供養塔として建てられたものと伝えられています。高さは約19メートルですが、半分近くが「相輪」と呼ばれる頂上の飾りであり、かなり小ぶりな印象を受けます。四重の塔に見えますが、初重の屋根はひさしに相当する「裳階(もこし)」です。最大の特徴は平面が八角形であることです。八角塔は記録では京都や、奈良にあったことがわかっていますが、現存するのはこの塔のみで、極めて貴重なもので堂々の国宝に指定されています。長野県の山奥(失礼!)ににこのような立派な建物が残っていることに驚きました。
重要文化財は意外とたくさんあるのですが、国宝はその中でも特に貴重なもののみに与えられる称号で、国宝を見ることができ大満足でした。

安楽寺八角三重塔1
安楽寺八角三重塔1
安楽寺八角三重塔組物
安楽寺八角三重塔組物
安楽寺八角三重塔2
安楽寺八角三重塔2
安楽寺八角三重塔と紅葉
安楽寺八角三重塔と紅葉

夕暮れの小田原城

秋は夕暮れ…ということで、ふらりと夕暮れの小田原城を撮影してきました。
撮影場所は小田原城の西側、東海道線、小田急線の線路を挟んだ高台にある八幡山古郭東曲輪です。
八幡山古郭東曲輪は戦国期小田原城の中心であった八幡山にあった曲輪です。
一時はマンションを建てる計画がありましたが、うまい具合に数年前に公園として整備されました。
ここからは小田原の中心街と小田原城天守、相模湾を一緒に見ることができ、なかなかの絶景ポイントとなっています。
また二子山等の箱根山も少し見ることができます。

夕暮れの小田原城1
夕暮れの小田原城1
夕暮れの小田原城2
夕暮れの小田原城2
夕暮れの箱根山
夕暮れの箱根山

日本城郭検定合格!

12月21日に合格認定証が届きました!

日本城郭検定認定証
日本城郭検定認定証

100問中81問正解でした。ぎりぎり合格だと思います。
ちなみにランキングも載っており、それによる1065人中667位とのこと。
合格者中の順位だと思うのですが、平均以下ってことですね。
自分では正解だろうと思っていたものが、結構間違っており少しショックです。
「あの写真のあれか」というのはわかるのですが、「じゃあ名前は?」となるとわからないものが多かったです。
まだまだ未熟ですね。
第2回で、1級を目指すつもりでしたがちょっと自信がゆらいできました…

以下に私が選んだ難問(?)をいくつかご紹介します。
正解は白文字で書いてありますので、マウスで反転させて下さい。

問024 山頂にあった中世山城の立地を生かしつつ、蒲生氏・加藤氏が平山城に姿を変え、近世城郭として整えた城は次のどれか。
1 白河小峰城
2 弘前城
3 二本松城
4 甲府城
正解 → 3 二本松城

問050 次のうちかつての外郭城門付近に発達した繁華街はどれか。
1 品川(東京)
2 香林坊(金沢)
3 曾衛門町(大阪)
4 博多(福岡)
正解 → 2 香林坊(金沢)

問089 松山城の本丸では、さまざまな種類の門が工夫され、敵の攻撃を防いでいる。実際に存在しない門はどれか。
1 隠門
2 筋鉄門
3 不開門
4 戸無門
正解 → 3 不開門

問094 人吉城では江戸後期の修築の際に、石垣上部の天端石を壁面外に突き出し、敵兵が登れないようにした。西洋伝来とされるこの部分をなんと呼ぶか。
1 ねずみ返し
2 突き出
3 はね出
4 忍者返
正解 → 3 はね出

問100 関が原の戦い後、徳川家康によって水戸から秋田に移された佐竹氏は、久保田城を築いたが、幕府の威勢をはばかってか天守も建てず、ある建物を天守の代わりにしていた。その建物は次のどれか。
1 御番所
2 御隅櫓
3 御殿
4 御出書院櫓
正解 → 4 御出書院櫓

日本城郭検定

日本城検定に引き続き11月11日(日)に第1回日本城郭検定が開催されました。
日本城郭検定公式サイト

こちらは財団法人日本城郭協会によるもので、記念すべき第1回は日本100名城編と銘打ち、3級と2級が行われました。
1級についてのアナウンスはまだありません。
会場は新宿のベルサール新宿グランドのイベントホールで、ぱっと見た感じでは1000人くらいの方が受験しており、規模の大きさに驚かされました。
せっかくなので私は2級を受験しました。

出題傾向
問題は100門、四択のマークシート形式、制限時間は1時間です。
日本100名城編と銘打っているだけあって、出題範囲は学研から出版されている「日本100名城公式ガイドブック」に法っており、この本の内容を完璧に身に着けていれば満点が狙えると思います。もちろん私はうろ覚え多数なので満点は無理です!

出題内容は以下のようなものでした。
・写真から石垣の積み方や櫓の種類を選択する問題(例:布積み・多門櫓)
・北海道のチャシや沖縄のグスクに関する問題
・城造りの道具に関する問題(例:作事に使わない道具を選択する問題)
・特定の城が国の史跡になっているかを選択する問題
・現代の城の修理方法に関する問題
・特定の城に関するエピソード(例:石垣山一夜城の築城日数・大阪城の蛸石の大きさ)

上記の中で「特定の城が国の史跡になっているかを選択する問題」「北海道のチャシや沖縄のグスクに関する問題」「現代の城の修理方法に関する問題」などは日本100名城編ならではのものだと思います。
ただ、日本城検定と違い出題範囲が明確になっており、面白いほどにその範囲内の問題しか出題されなかったので、しっかりと勉強すればやりやすい検定だったのではないでしょうか。今回に限って言えば、日本城検定のほうが難易度は高かったと思います。

以下にいくつか実問題をご紹介します。

実問題
正解は白文字で書いてありますので、マウスで反転させて下さい。ただしまだ正式な解答が発表されていないので、”たぶん正解”です。

問018 沖縄のグスクと呼ばれる城は、日本のほかの城に見られない特色がある。城壁や城門に見られるその特色はどれか。
1 埋門が多い
2 土塁が多い
3 高麗門が多い
4 石造アーチ門が多い
正解 → 4 石造アーチ門が多い

問053 国の史跡でない城はどれか。
1 駿府城
2 金沢城
3 山形城
4 七尾城
正解 → 1 駿府城

問054 姫路城の第修理は昭和10年に始まったが、何年に完成したか。
1 昭和28年
2 昭和21年
3 昭和39年
4 昭和50年
正解 → 3 昭和39年

2009年度自衛隊観艦式

先日10月14日(日)に2012年度自衛隊観艦式が行われました。中国の動向がきになる昨今、いろいろと注目を集めました。
もちろん私も友人Aとともに乗艦券抽選に応募したのですが、両者ともにはずれました。
三年に一度の大イベントなので残念。まあ、倍率は富士総合火力演習の比じゃないので仕方がないですね。

というわけで、運良く乗艦券が当たった、前回2009年度の観艦式の写真をご紹介します。

2009年度観艦式は参加艦艇29隻、参加航空機29機の規模で行われました。
狭い海域に集まった多くの護衛艦が実際に航行している姿を見ることが出来るのは観艦式だけではないでしょうか。
観艦式は大きく三つの部隊に別れて行われます。観る側の「観閲部隊」「観閲付属部隊」と観られる側の「受閲部隊」です。「観閲部隊」のヘリコプター護衛艦「くらま」には当時の首相、鳩山由紀夫氏(外遊中)の代理として菅直人氏が乗っていたみたいです。確かに格納庫に紅白幕が張られ、飾り付けられてました。私は観閲付属部隊の掃海母艦「うらが」に乗艦しました。

ヘリコプター護衛艦「くらま」
ヘリコプター護衛艦「くらま」

ヘリコプター護衛艦「くらま」は首相が乗る船のため、一般の人は乗ってなかったようで、他の船に比べて甲板の人影がまばらでした。

小型護衛艦「あぶくま」
小型護衛艦「あぶくま」

小型護衛艦「あぶくま」はその名の通り小さめの船です。ぱっと見た感じは第二次大戦時の駆逐艦のようにも見えます。

ミサイル護衛艦「こんごう」と哨戒ヘリコプター「SH-60J」
ミサイル護衛艦「こんごう」と哨戒ヘリコプター「SH-60J」

ミサイル護衛艦「こんごう」は”イージス艦”と言ったほうが通りが良いかもしれません。イージス艦は非常に高いレーダー能力を持ち、それと搭載兵器をリンクさせることで、高い防御力を実現した船です。海上自衛隊は6隻のイージス艦を配備しています。
周りを海に囲まれた日本の防衛のためにははなくてはならない存在です。

受閲艦艇部隊。先頭はミサイル護衛艦「あしがら」
受閲艦艇部隊。先頭はミサイル護衛艦「あしがら」

受閲部隊が一列で徐々に近づいてくる様子は圧巻です。武者震いしました。先頭は2008年に竣工した日本で一番新しいイージス艦、「あしがら」です。
“ほぼ”我が地元の「あしがら」の名前がイージス艦についているのはうれしいですね。

受閲艦艇部隊(手前)と観閲部隊(後ろ)
受閲艦艇部隊(手前)と観閲部隊(後ろ)
ヘリコプター護衛艦「ひゅうが」
ヘリコプター護衛艦「ひゅうが」

 「ひゅうが」は2009年に竣工した護衛艦です。一見すると空母ですが飛行機は積めません。変わりに哨戒ヘリコプター「SH-60J」などを多く積むことができます。哨戒ヘリコプターの主な任務は対潜任務で、実質の対潜空母です。また、指揮通信能力に優れ、高度な医療施設を持つことから災害時等の現地対策本部としての役割も期待されています。東日本大震災の際は、三陸海岸沖に進出、哨戒ヘリコプター4機による支援活動を行いました。

「こんごう」と救難飛行艇「US-2」、「US-1A」
「こんごう」と救難飛行艇「US-2」、「US-1A」
手前から潜水艦救難艦「ちはや」、試験艦「あすか」、訓練支援艦「てんりゅう」
手前から潜水艦救難艦「ちはや」、試験艦「あすか」、訓練支援艦「てんりゅう」
自衛艦旗と艦隊
自衛艦旗と艦隊
帰投する艦隊。右端は護衛艦「さざなみ」
帰投する艦隊。右端は護衛艦「さざなみ」自衛艦旗と艦隊自衛艦旗と艦隊

 

日本城検定の問題その1

2012/9/1(土)に行われた第1回日本城検定中級で、私が間違えた問題をいくつかご紹介します。筑前六端城なんて初めて聞きましたよ…
正解は白文字で書いてありますので、マウスで反転させて下さい。

26 世界遺産にも指定されている国宝姫路城には、重要文化財に指定されている建物が多数存在します。そのうち門は、何棟が重要文化財ですか。
(a) 5棟
(b) 10棟
(c) 15棟
(d) 20棟
正解 → (c) 15棟

73 大阪城の京橋門枡形内の巨石「肥後石」は畳約33畳敷の大きさを誇っています。この巨石を運搬した大名は誰ですか。
(a) 加藤清正
(b) 福島正則
(c) 黒田長政
(d) 池田忠雄
正解 → (d) 池田忠雄

93 慶長6年(1601)黒田長政は、領国防御として筑前六端城と呼ばれる支城を国境沿いに築きました。次のうち六端城でない城はどれですか。
(a) 若松城
(b) 黒崎城
(c) 直方城
(d) 鷹取城
正解 → (c) 直方城

日本城検定合格!

2012/9/1(土)にNPO法人歴史のかたりべ主催の第1回、日本城検定が行われました。
日本城検定公式サイト

長年溜め込んできた(?)城の知識をいざ試そうということで、勇んで中級に挑戦しました。
結果、100問中84問正解。合格ラインは80問正解なのでぎりぎり合格することができました。
仕事が忙しく勉強できない状態での受験でしたが、まあなんとかなるだろうと思っていました。確かになんとかはなったのですが、思ったより成績が悪い…甘く見すぎていました。

上級は第2回からの開催で、すでに中級を合格している場合のみ受験できるとのこと。最初の上級合格者の一人になることを狙っていますが、中級でこの調子だと上級は真面目に勉強しないと合格は難しそうです。

問題用紙と合格認定証(プラスチック製)
問題用紙と合格認定証(プラスチック製)
 

出題傾向

問題は4つの回答からの選択式で、出題内容は以下のようなものでした。
・写真から破風や瓦、門の金具の名称を選択する問題
・近年復元された城郭建築の写真から城名を選択する問題
・各城のエピソードにまつわる問題(例:安土城の蛇石、大阪城の肥後石、徳川家康が鯛の天ぷらを食べた城)
・築上技術に関する問題(例:南蛮造り、稜堡式、雁行)
・歴史上重要な舞台となった城に関する問題(例:戊辰戦争、文禄・慶長の役)
・現存する御殿の数や、城の設備の数(例:姫路城で重要文化財に指定された門の数、篠山城の馬出しの数)

上記以外にもいろいろな問題があり「広く、浅く」ではなく「広く、結構深く」といった知識が問われるという印象です。

実問題

今回の検定問題でこれは難しいと思ったもの(要は私が間違えたもの)を何回かに分けていくつかご紹介します。
正解は白文字で書いてありますので、マウスで反転させて下さい。

44 朝鮮半島の最西端にある光洋湾に面した沿岸に、宇喜多秀家、藤堂高虎を中心として築城を始め、突貫工事により短期間で完成をみた、慶長の役の際の城はどこですか。
(a) 蔚山城
(b) 順天城
(c) 金海竹島城
(d) 西生浦城
正解 → (b) 順天城

小田原城御用米曲輪発掘調査現地説明会

現在、小田原城の御用米曲輪では史跡整備のための発掘調査が行われています。2012年2月の発掘説明会から8月までの発掘成果の現地説明会が8月18(土)に行われたので行って来ました。

御用米曲輪については前回の2月の発掘説明会の投稿を御覧ください。
小田原城御用米曲輪発掘調査現地説明会

発掘現場の様子
発掘現場にはいくつかのトレンチ(試掘坑)が掘られ、それぞれについて説明が行われました。その中のいくつかをご紹介します。

出土品
出土品

・第1次調査:第1トレンチ
曲輪の北に位置し、昭和57年に行われた第1次調査のトレンチを最発掘したものです。礎石群が3箇所確認できました。中でも南側の礎石群は7間(約13メートル)以上の大型建物跡で、北条時代の当主居館あるいは城館の中心的建造物と考えられる規模のものです。一部に火災の痕跡も確認されており、永禄12年(1569)の武田信玄による小田原城攻めで、放火された痕跡の可能性もあります。

第1次調査:第1トレンチ
第1次調査:第1トレンチ

・第12トレンチ
曲輪の北に位置し、曲輪の入り口から最も奥まった場所です。曲輪の形を明確にするために設定されました。
調査の結果、土塁の裾を確認することができました。また、2つの「瓦積塀」、石垣と石列、7基の柱穴列に囲まれた砂利敷きの空間を確認することができました。「瓦積塀」はその名の通り瓦を積み上げて造った塀で、このような塀の出土例は全国的にも稀です。この塀こそ今のところ小田原城唯一の江戸時代の現存建造物ということになります。
この瓦積塀に囲まれた砂利敷きの空間は、焔硝蔵あるいは宗教施設であったと考えれらます。ただ、焔硝蔵だとすると他の蔵に近すぎるとのことでした。曲輪の最も奥まった場所に位置し、塀の丁寧な造りなどから祠のような宗教施設であった可能性が高いそうです。

第12トレンチ
第12トレンチ
瓦積塀
瓦積塀

前回の発掘調査説明会から約半年ですが、新発見が続いているようです。今回の目玉は小田原城初の江戸時代の現存建造物「瓦積塀」の発見でしょう。
また、北条時代の居館がこの場所にあったという可能性も出てきました。私個人としては本丸の発掘調査もして欲しいところです。北条時代に居館が御用米曲輪にあったのなら本丸には何があったのでしょう…
今後の調査に期待です。

小田原城の桜

今年の桜も見頃ということで、朝6時に小田原城に行って来ました。
朝も早いので人は居ないかと思いきや、私と同様に写真を取りに来ている方がたくさん居ました。
今年は桜の満開と休日、さらに好天にめぐまれました。

小田原城の桜その1
小田原城の桜その1

学橋の朱と桜のピンク、隅櫓の白が綺麗です。

小田原城の桜その2
小田原城の桜その2

馬出門と隅櫓を中心に撮影。

小田原城の桜その3
小田原城の桜その3

隅櫓を中心に撮影。

小田原城の桜その4
小田原城の桜その4

水堀を中心に撮影。中心の橋は馬出門に続くめがね橋です。

小田原城の桜その5
小田原城の桜その5

天守と隅櫓を一緒に撮影。

小田原城の桜その6
小田原城の桜その6

本丸に上がり天守と桜を撮影。

小田原城の桜その7
小田原城の桜その7

本丸の裏、屏風岩と呼ばれる辺り(今は遊園地)から天守を撮影。

小田原城の桜その8
小田原城の桜その8

その7と同じく屏風岩の辺りから撮影。

小田原城の桜その9
小田原城の桜その9

誰もいない遊園地と桜をモノクロで。モノクロにするとオシャレ度が五割増しくらいになる気がします。

城めぐりやその他のちょっとした事を適当に…